2025.12.13
畳は、暮らしを整え、世界を静かに変えていく - い草と循環の思想を生きる|佐野疊屋・佐野典久さん
インタビュー
福岡県田川市、この地で75年続く畳屋「佐野疊屋」は、祖父の代から続く三代目の店。現在その店を継ぐ佐野典久さん(通称:のりさん)は、最初から畳の道を志していたわけではありません。
「僕は次男なんです。長男は外に就職していったし、自分は音楽で生きていこうと思って、一度福岡市に出ました」
しかし現実は甘くなく、さまざまな挫折を経験します。
「詐欺に遭ったり、本当にいろんなことがあって…。結果的には、畳屋に“逃げ帰った”という感覚が近いですね」
24歳で家業に戻ったその時点では、畳は「仕事」であり、「生きるための手段」にすぎませんでした。

畳に対する意識が大きく変わったのは、熊本・八代のい草産地を訪れたときでした。
「正直、それまで畳を“仕入れて売るモノ”としてしか見ていなかった。でも産地を見て、い草一本一本に物語があって、農家さんがものすごい手間と時間をかけて育てていることを知ったんです」
その瞬間、強い違和感と反省が生まれました。
「こんな背景を知らずに、ただ売っていた自分は何だったんだろうって」
そこから、畳は単なる建材ではなく、文化であり、思想であり、循環の象徴として見えるようになります。
「今は、産地に一番近い畳屋でありたい。産地の“代弁者”でありたいと思っています」

現在、畳を取り巻く環境は大きく変わりました。フローリング、樹脂畳、畳風素材、見た目だけを畳に寄せたものも増えています。その中で、佐野さんが大切にしているのは五感です。
「香り、触感、空気感。それを含めて楽しめないものは、畳じゃないと思っています」
畳の価値は、数値化しづらい部分にこそ宿る。
「“畳っぽいもの”が増えるほど、本物をちゃんと伝える人がいないといけないと思うようになりました」
畳業界全体の課題を尋ねると、佐野さんは“温度差”という言葉を使います。
「産地を本気で守ろうと思っている人と、売れればいいと思っている人の差が大きい」
畳屋のスタンス次第で、お客様が出会う畳の“質”も“物語”も大きく変わってしまう。
「お客さんは畳屋を信用している。“これが畳です”と言われたら、それを信じるしかないんです」
だからこそ、畳屋が語らなければならない。産地のこと、素材のこと、背景のことを。

佐野さんの思想を象徴するのが、古畳の循環です。
現在、佐野疊屋では古畳を一枚ずつ分解し、手間をかけて循環させています。
- い草・わら → 土へ還す
- 使える素材 → 農家や別用途へ
- ボード類 → 再資源化施設へ
「人件費も工数もかかります。経営的に見れば、効率は良くないかもしれない」
それでも続ける理由は明確です。
「“誇れる未来”をつくるには、まずゴミにしないことだと思ったんです」
畳が循環しにくい最大の理由を、佐野さんはこう分析します。
「すべての障害は、経済合理性だと思っています」
分解には時間がかかる。保管には場所が必要。だから多くの畳屋は、産廃処理を選ぶ。
「でも長期的に見れば、お金も環境も、どちらも無駄にしている」
畳は本来、最初から最後まで循環する前提で生まれた素材。
「プロダクトの“終わり”まで考える文化が、もう一度必要だと思っています」
佐野さんが発信を続ける理由は、意外にも壮大です。
「最終的には、世界平和だと思っています」
100人の村の話を引き合いに出しながら、こう語ります。
「自分以外の99人を思いやれる状態。それが世界平和だと聞いたとき、い草の物語と重なったんです」
自然と共に生き、誰かの暮らしを支え、次の世代へ受け継がれていく。
畳は、人が本来持っていた感覚を思い出させてくれる存在です。
佐野さんが一番恐れているのは、畳が見直されたときに、帰る場所がなくなっていること。
「畳って、絶対にまた評価される時代が来ると思っています。そのときに、産地がなくなっていたら意味がない」
だから今、守る。だから今、語る。
「おこがましいかもしれないけど、一緒にやる人を増やしたいと思っています」

最後に、これからの挑戦を聞くと、佐野さんは少し照れながらも未来の構想を語ってくれました。
「社名を“疊屋”から変えたいと思っていて。“Norigoni”って名前を考えています」
NはNature。自然から始まり、次の時代へつなぐという意味。
畳を起点に、本物の自然素材を暮らしへ届け、“ほっこりする世界”を、ちゃんと続く形で広げていく。
「い草は、本当に最高です。でも、なぜ最高なのかは、ぜひ自分で探求してほしい」
香りの奥にある物語。そこに触れたとき、日本に生まれた意味を感じる人もきっといる。
「知れば知るほど、人生が豊かになる素材だと思います」
<