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い草の記憶、未来へつなぐ暮らしのかたち 

2025.04.10

記憶の奥にある「い草の香り」

い草の香りは、私の中に「日常の一部」として深く刻まれていました。父が営む畳工場に足を運ぶたび、独特の香りがそこにはありました。見たこともないほどの数の畳が積み重ねられた空間。その中で感じた「畳って、いい匂いだな」という素朴な感覚が、今でも鮮明に思い出されます。

特に夏の記憶が強く残っています。外から聞こえる風鈴の音、そよぐ風、そして畳の香り。そんな風景に包まれているとき、「日本っていいな」としみじみ感じたのを今でも覚えています。

畳の上に寝転がって、涼しさや清潔さに触れる瞬間は、私にとって心をリセットする場所でもありました。

畳屋という家業への問いと発見

とはいえ、幼い頃は父がなぜ畳屋をしているのか分かりませんでした。誇らしさや憧れという感情よりも、「なぜ?」という純粋な疑問がありました。そんな気持ちが、大学時代に、再び工場でアルバイトを始めたことで少しずつ変わっていきました。

きっかけは、フランスへの留学。異国で暮らす前に、自国の文化をもっと理解しておきたいという想いが芽生えました。

畳の製造を一から体験してみると、その工程の繊細さや意味深さに驚きました。見た目はシンプルなのに、そこには先人たちの知恵と手間が込められていたのです。昔はすべて手縫いで仕上げていたことを知り、「そこまでして大切にされていたのだな」と、深く感銘を受けました。

「もったいない」という感情のはじまり

一方で、作業場では大量のい草の端材が捨てられていく光景も目にしました。そのとき胸に湧いたのは、「もったいない」という感情でした。

まだ香りも美しさも残る素材たちが、手をつけられないまま処分されていく。その姿が、どうしても心に引っかかりました。

その背景には、私の家庭で育まれてきた価値観があったのだと思います。微生物の力や植物のサイクルを大切にし、「今あるものを生かす」暮らしを学んできました。だからこそ、ただ「捨てる」という行為が、自然の理に反しているように感じたのです。

声なき素材に、新たな命を宿すということ

やがてその違和感は、「このい草に、もう一度命を吹き込めないか」という問いに変わりました。ただ、い草に関心のない人たちにその想いを伝えることは簡単ではありませんでした。

「ああ、畳の一部ね」と軽く受け流されることも多く、問題意識として捉えてもらえない場面に何度も直面しました。

それでも、私の心に浮かぶのは、昼夜問わず作業に追われる、い草農家の方々の姿でした。過酷な現場で懸命に働く彼らの努力を知っているからこそ、このままではいけないと強く思うようになりました。

い草は“未来”をつくる素材

私にとって、い草はただの素材ではありません。1300年もの間、日本人が築いてきた暮らしと文化の象徴であり、日本人の精神そのものとも言える存在だと思っています。

畳は日本人の呼吸や感性と深くつながっており、「静かに整う」「自然と共にある」という暮らしの美しさを体現しています。

現代はストレス社会と言われ、私たちは常に刺激にさらされています。だからこそ、い草や畳が持つ「ほっとする力」が、いま求められているのではないかと感じています。

畳の香りをかぐと、どこか安心する。そんな感覚を都市で暮らす人たちにも届けたいと思っています。

日本の知恵を、次世代へ

い草は「未来素材」としての可能性を秘めていると信じています。単なる伝統ではなく、現代の暮らしに新しい価値をもたらす存在です。

西洋的な空間にあえて畳を取り入れることで、心身ともに緩める時間や場所が生まれるのではないでしょうか。また、い草=畳だけではなく、その他のプロダクトへの転換という観点にも可能性があると感じています。

い草文化は、日本人が自然と共生しながら育んできた知恵の結晶です。それを次世代につなぐことが、私の使命だと感じています。

10年後、20年後も、誰かの暮らしの中にそっと寄り添う、い草が存在していてほしい。そのために、私は今日もい草に触れ、考え、行動を続けています。

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